なぜ、この問いに
辿り着いたか
このフレームワークは、はじめから理論として存在していたわけではない。長い時間をかけて現場を歩き、人と関わり、問い続ける中で、私の中に少しずつ輪郭を持ちはじめたものだ。
起点は、ある人の死だった。長い命を生きたその人が、晩年に漏らした素直な小さな言葉が、ずっと私の中に残り続けた。生きることへの意欲が失われていくとき、人はどうなるのか。逆に、何があれば燃え続けられるのか。命が有限であることを知りながら、それでも前を向ける人とそうでない人の間には、何があるのか。
そして自分自身に引き寄せて想像した。大切な人をひとりずつ見送り、いつか深い孤独の中に立つかもしれない日のことを。そのとき、自分の中の火はまだ燃えているだろうか、と。私は、燃え尽きながら命が尽きる生き方をしたいと思った。だとすれば、そのエネルギーはどこから来て、どのように維持されるのか——それが、問いのはじまりだった。
なぜ、ある人は何かに向かって燃え続けられるのか。なぜ、同じ環境にいても、火が灯る人と灯らない人がいるのか。なぜ、かつて輝いていた人が、あるとき静かに消えてしまうのか。
そうした問いは、研究室の机ではなく、グラウンドで、教室で、地域の片隅で、そして自分自身の内側で生まれた。答えを探しながら考え続けていくうちに、私はある構造に辿り着いた。
人には、存在を持続させようとする内なる力がある。
その力は、関係性と場によって燃え、
あるいは静かに消えていく。
これが、私の出発点だった。
自分の中でこの構造が固まりはじめたとき、それを言葉にしようと文献を辿った。すると、驚くほど同じ場所に辿り着いている先人たちがいた。
それは、率直に言って、嬉しかった。自分が長い時間をかけて考えてきたことが、独立した問いとして誰かの研究に刻まれていた。先人たちへの敬意と、自分の思考への静かな自信が、同時に湧いてきた。
これらの理論は、それぞれ異なる時代に、異なる問いから生まれた。しかし私の問いの中で、それらはひとつの構造として収束した。先人たちが別々に照らしてきたものが、同じ場所を指していたのだと気づいたとき、研究することの意味を、あらためて実感した。
先人たちの仕事に辿り着いたことは、終点ではなく、出発点だ。彼らが照らした光の先に、まだ見えていない場所がある。そこを埋めていくことが、私たちの仕事だと思っている。
幸いなことに、私のそばにはゼミ生たちがいる。研究室に来てくれるゼミ生は、私にとって宝だ。それぞれが自分の問いを持ち、それぞれの場所で何かを見てきた人たちだ。私は、自分の思うがままに考え、突き進んでいい、と今では思える。そして、ゼミ生たちもそれぞれの問いで突き進んでほしい。
このフレームワークは、答えではなく、地図だ。「ここにいくつかの問いがある」という見取り図だ。その地図を手に、ゼミ生とともにフィールドへ出て、ピースを埋めていく。それが、S-Edu Lab の研究の姿でありたいと思っている。
自分の中から生まれた問いは、本物だ。
先人の仕事に敬意を払いながら、
自分の道を、自分の速度で、進んでいい。
この問いを、構造として示す
Bronfenbrenner の生態学的システム理論を骨格に、Conatus モデルの各要素を対応させた研究フレームワークの全体像。
Conatus × 生態学的システム理論
双方向の矢印は、個人と各システムが相互に影響し合うことを示す(Bronfenbrenner, 1979)。メゾシステム層にConatusモデルのFUEL(関係性)とPLACE(場)を位置づけることで、「内なる生の力がいかなる環境条件のもとで育まれるか」という研究問いの射程を示す。